ヘルべルト・ローゼンドルファー「廃墟建築家」

ルルド詣で列車に乗った語り手は無賃乗車をして隠れていたこそ泥から不思議な紙片を渡される。

そこから想起されるのは、いつか見た夢の光景。音楽と演劇を楽しみながら世界の終わりを逃れるために建造された葉巻型の地下施設と、そこに難を逃れた男たち。登場人物が代わる代わる語る不思議な物語。

高山での竜退治や、ヴェネツィアでの恋物語、ドラキュラ伝説、ファウスト伝説、ダ・ポンテとモーツァルトのドン・ジョヴァンニ外伝、彷徨えるユダヤ人の物語など、挿話のなかにさらに挿話が挟まれ、語り手が入れ替わり、時間と空間がねじ曲がって一つの絢爛な夢の空間を作り出す。

ヤン・ポトツキ「サラゴサ手稿」と似たような、物語のなかに物語が差し挟まれる枠物語の形式であるものの、語り手と語られるものが混乱して錯綜する独特な形式で書かれている。

登場人物

  • 小アインシュタイン:こそ泥
  • ダフニス:踊る男
  • シツェオンとパイティクレス:機械仕掛けの小人
  • ヴェッケンバルト:廃墟建築家
  • ヤコービ博士
  • ドン・エマヌエーレ
  • アルフレッド
  • アハスヴェール:彷徨えるユダヤ人
  • カストラートの公爵

著者について

ヘルベルト・ローゼンドルファーは南チロル、いまはイタリアのボルツァーノ自治県にあるグリエスで生まれ、人生の大半をミュンヘンで過ごしたのでドイツの著者に分類されることが多い。

しかし、オーストリアとイタリアの間で変遷するこの生まれの地の影響が強く、たとえば作品の中で「都会」としてヴェネツィアがたびたび登場するのは、この距離的な関係もあるのかもしれない。


この「廃墟建築家」以外にも「中国の過去への手紙」などの著作で知られている。

「廃墟建築家」の英語題名は “The Architect of Ruins” で、Internet Archive から貸し出して読むことができる。この英語訳の表紙が原爆ドームになっているのは、作中で広島の原爆についての言及があり、核による世界の滅亡が強く意識されていたからだと思われる。

日本語訳の装丁に使われているのは、ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージの版画「『ローマの景観』:ティヴォリ近郊、通称トッセ神殿 (1763)」で国立西洋美術館に収蔵されている。

参考リンク

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2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。