生成AIに本を薦めてもらったら、少し思っていたのと違った話

先日、Google の開発している生成AIサービス Gemini にユーザーの検索履歴を参照してパーソナライズした結果を解答してくれる “Gemini Personalization” モード が追加されたというニュースを耳にして、それ以来ずっとやってみたいと思っていたことがありました。

それは、自分の好みを把握している生成AIに、次に読む本を薦めてもらうという試みです。

Geminiが本当に検索履歴を通して私以上に私の趣味や嗜好に寄り添った出力ができるなら、選書のように時として無用な見栄が入りがちな判断をサポートしてくれる中立的なアシスタントとして活用できるのではないかと考えたのが狙いです。

自分の思うままに本を選ぶのも良いですが、時には他の人が薦めてくれる、思いもよらない一冊を手に取ることで視野を強制的に広げるのも、読書の醍醐味だからです。

Gemini Personalization との一問一答

そこで、まずは Gemini を Gemini Personalization モードに切り替えて、“recommend a book for me” (私のために本を薦めてください)と質問してみました。

英語で質問しているのは、やはり英語圏で開発されている大規模言語モデルですので日本語で質問したときよりもシャープな解答が出力される傾向が強いからです。

すると、Gemini から次のような解答がありました。

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あなたの検索結果によれば、あなたは幅広いトピックに興味をお持ちのようです。古典から哲学、サイエンスフィクションと日本の文化まで。あなたは考えを深め、異なる視点を探索する作品がお好きですね。そうした点を考慮した結果、私はミハイル・ブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」をお薦めします。

こちらの自尊心をくすぐるような、なかなか嬉しい言葉が生成されています。しかも、選書の趣味もとても良いです。

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しかし残念ながら、私はすでにこの本を所有していますし読んでもいました。仕方がないので続けて質問します。

「よい選択だね、でももうそれは読んだんだ。他にある?」

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日本のアニメやSFに関する検索をされているようですので、劉慈欣の「三体」はいかがでしょうか?

悪くない答えです。

Geminiはちゃんと解答するときに根拠も提示してくれていますので、ここでは「個性的な視点のSFへの傾向」「壮大な物語、考えを起こさせるテーマ」「人気があって引きつける本」の領域で選んでいるのがわかります。

しかし、「三体」三部作も、私は英語訳と日本語訳の両方ですでに読んでいました。

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私「それも読んだよ。もうちょっと個性的ななにかを選んでくれ」

Gemini「では、未開拓な領域に踏み込んでみましょう。言葉の起源への興味をおもちのようですから、ピップ・ウィリアムズの「小さなことばたちの辞書」はいかがでしょうか?

うむむ。

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それも買ったばかりで、積読の山に入っていました。

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私「ちょうどそれを買ったところだよ。大分近づいているんじゃないか。もう一つなにか紹介して」

Gemini「では、このまま歴史と多様な視点にフォーカスをあてて探してみましょう。ロビン・スローンの「ペナンブラ氏の24時間書店」はいかがでしょうか?」

惜しい! それも英語と日本語の両方でずいぶん昔に読んでいるんですよね。

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私「それももう読んだよ」

Gemini「では、パトリック・ジュースキントの「香水:ある人殺しの物語」はいかがでしょうか?」

おお、ようやく、名前を聞いたことはあったけど、読んだことがない本をお薦めしてもらえました。たしかに、これは気になります。

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私「これは興味をかき立てるね。試してみることにするよ」

Gemini「どういたしまして! 「香水:ある人殺しの物語」をお楽しみいただけたら幸いです!

このやりとりだけを見ていると、Gemini が的確に私の嗜好を読み取っていて、それに基づいてお薦めをしているように見えます。すでに読んでいる本が多いのも、まさに私の興味のど真ん中を推測できているからだと言えるのではないでしょうか?

しかし、生成された解答の詳細をみると、ちょっと様子が違うことが明らかになります。

思考プロセスから見えてくる、パーソナライズの虚無

Gemini の解答では「思考プロセスを表示」というボタンを押すことで、どのようにしてその解答に至ったのか、そのプロセスを見ることができます。

これは大規模言語モデルモデルですから、実際に演繹的に考えているというよりも、段階的にどのような出力へと漸近しているのかを表示させているといったほうが正確かもしれません。

すると、Geminiはいくつかの検索履歴を根拠にしてテーマを絞り込んでいることが見えてきます。

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たとえば、「アレクサンドル・デュマ」「ダフニ・デュ・モーリエ」「アシモフ」「1984」「巨匠とマルガリータ」などの検索結果に基づいて、「文学」が一つの軸になっていると Gemini は推定しています。

また、「スナッチャー」「銀河英雄伝説」「三体」などの検索履歴から「SF」の軸を、「エヴァンゲリオン」「攻殻機動隊」などの検索履歴から日本のアニメへの興味といった軸を見つけています。そしてそれに基づいて、ミハイル・ブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」や劉慈欣の「三体」をお薦めしているわけです。

でも、それだとおかしな話になります。私はすでに「巨匠とマルガリータ」や「三体」について調べているのですから、その作品を知っているのは明らかです。また、SFが好きだから「三体」が好きだろうというのは、お薦めといえるのでしょうか。私の検索履歴から絞り込んだというよりは、SFが好きな人にはとりあえず「三体」を薦めているようにもみえます。

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最後に「香水」を薦めたときの思考プロセスにも可笑しさが滲みます。ゲーム「ブラッドボーン」について検索をしているから、残酷、ゴシックへの傾倒が見られるはずというのは、なかなかの飛躍です。私が平行して「ゴースト・オブ・ツシマ」について検索しているのは、今回の絞り込みには役に立たないので都合良く無視されているようです。

これはひょっとしたらと思ったので、試しに “Give me a list of books that I have never heard” 「私が聞いたことのない本のリストをください」と頼んだところ、結果は以下のようになりました。

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  • リチャード・パワーズ「オーバーストーリー」
  • アンディ・ウィーア「プロジェクト・ヘイル・メアリー」
  • アンソニー・ドーア「Cloud Cuckoo Land」
  • キム・スタンリー・ロビンソン「未来省」
  • カズオ・イシグロ「日の名残り」

このうち3冊はもっていて読了していますし、残る二つももちろん名前を聞いたことくらいはあります。世界には私の知らない本は無限にあっても、Gemini にはそれを挙げることができないのです。

まるで「象について考えるな」と指示されるとどうしても脳裏に象を思い浮かべてしまうように、生成される解答は「本」というテーマにまつわるありきたりな解答に吸い寄せられてしまうようなのです。

ありきたりでつまらない寄り添い

私が最初に抱いていたのは、「A という本を読んでいる」という情報を元に、Gemini がさらに詳細でマニアックな情報へと収束してくれるのではないのかという期待でした。

提示された有名どころの本をすでに読んでいたとしても、「その方向性でさらに詳細に」と指示をすれば、きっと自分の知らない、それでも自分にとって興味のあるテーマを掘り起こせないかと考えたのです。

しかし実際に提示されたのは、Amazon がログインしていなくても表示していそうな、ありきたりな本の集合に対して「ちょっとSF側から」「ちょっとゴシック側から」といった光を当てているだけのリストだったわけです。本当にニッチな本を紹介するよりも、多くの読書家がすでに読んでいるものを、ジェネリックに表示することしかできなかったわけです。

そもそも、検索の履歴は私の興味と一対一に対応しているわけではありません。私が「ブラッドボーン」と検索しているのは、ゲームのボスを攻略したいからであって、私の趣味とはゆるやかに結合しているかもしれないものの、深読みしすぎても困る類いの情報です。

思考プロセスは詳細に見えますし、一見丁寧に質問者に寄り添った解答しているようにみえますが、Gemini Personalization はわたしを名前のない、ありきたりなジャンル分けをあてがえばよいだけの存在として扱っているようにもみえます。

そもそもこの技術は実際に思考しているわけではなく、質問に対応する解答を生成しているのですから、一人だけしかいない人間という情報の特異点にどこまで寄り添えるかには限界があるともいえます。

それでもその解答を受け止めるのは紛れもなく、ただ一度だけの人生を生きるたった一人の人間である私たちなのです。ここに、生成される情報と受け取る側の特殊性の大いなる不均衡があるわけです。

ますます多くの人が生成AIを使うようになり、それが出力する解答に目をみはってそのまま使うようになっていますが、よくよく注意しなければ、その解答は私たち自身をより平均値的な、特色も嗜好もない、無個性でありきたりな情報の籠のなかに押し込めることにつながりかねない。

今回の試みはそれを示してくれたようにも思えます。

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2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。