映画「インターステラー」をみる人に届けたい5つの豆知識

2014 年 11 月 17 日

11月22日公開予定の映画「インターステラ−」の試写会にお誘いいただきましたので、喜んで見に行きました。

3時間弱の長大な映画でしたが、およそ扱っているスケールが大きいので長さはさほど気になりませんでした。それどころか、この映画の長さが、作中の空間や時間のスケールを再現していて後半になればなるほどどこか遠くまで旅をしている感覚になりました。

映画の骨子は十分簡単で、居住可能な惑星を探すために星間宇宙に旅立つ父親と、地球に残された娘との人間ドラマ、そして見知らぬ世界でのアクションを楽しめれば十分でしょう。

しかしSFとしての枠組みもしっかりと作っている物語だけに、もう一歩、背景となっている知識や、情報を仕入れた上で見に行くと、さらに楽しめるかもしれません。

実は大学時代、理論宇宙物理で卒論を書いていて、しかしハートでは文系的なものに吸い寄せられていた私が選ぶ「インターステラー」を見る前に知っておくとよさそうな5つの豆知識を、ネタバレなしでまとめておきました。

1. ブラックホールとワームホールについて

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映画「インターステラー」の筋を支えているさまざまな宇宙的な現象は、概ね実際に理論で知られているものです。

ブラックホールは有名ですが、空間と空間のあいだに近道をつくるワームホールも、実際に観測されたことはないものの一般相対性理論の解に含まれていることが知られています。

「ホール」がふたつあるので混乱しそうですが、ブラックホールは質量が大きすぎるために光さえも抜け出すことができない天体のことを指しています。この光が抜け出せなくなる境界部分は「事象の地平線」と呼ばれていて、この平面から外側には、内部の情報はぬけだせません。これが映画の筋に大きくかかわる知識ですので、ブラックホールについては読んでおいてもいいでしょう。

ワームホールは時空のある場所とある場所をつなぐトンネルのような抜け道で、それが使えれば光よりも速く移動することができるとされています。紙、すなわち2次元の平面をたたんでから鉛筆で穴をあけると、紙のある場所からある場所に通り道を作ったことになりますが、これに似ています。

もっとも、三次元における穴ですから、球形の穴をしていて、その向こう側には宇宙の別の場所が広がっているということになるわけです。この仕組はカール・セーガンの「コンタクト」でも用いられています。

「インターステラー」においてはブラックホール周辺や、ワームホール周辺の光のねじ曲がり方も、なるべく正確になるように計算が行われていますので、奇妙な風景にも理屈があると思ってみるといいでしょう。

2. キップ・ソーンについて

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上記のような「インターステラー」に登場する科学的なフレームワーク、特にブラックホールに関する点などは理論物理学者、キップ・ソーンの監修で作られています。

キップ・ソーンはカリフォルニア工科大学の有名な教授であっただけでなく、カール・セーガンが「コンタクト」を執筆した際にワームホールについての情報を提供したことでも知られています。

「インターステラー」が「2001年宇宙の旅」「コンタクト」の伝統に名をつらねた映像表現を試みていることを考えると、昔からの宇宙ファンは胸が熱くなるわけです。私個人は1991年のTVシリーズ「The Astronomers」でキップ・ソーンが登場していたのを覚えている年代で、それをみて物理を専攻しようと思ったのでなおのこと思い出深い流れです。


キップ・ソーンの今回の映画での貢献は、作中では「ガルガンチュア」と名付けられている弱い、しかし回転するブラックホールの重力についての計算や、その周辺での光のねじ曲がり方についてです。

特に通常のレイトレーシングでは光は直進することが仮定されているのですが、ブラックホール周辺ではその前提が崩壊してしまうためにまったく新しい計算手法を用いる必要があったそうです。

これら「インターステラー」の背景となっている科学についてはキップ・ソーン自身による「The Science of Interstellar」が発刊していますのでぜひこちらもどうぞ。また、“Black Holes & Time Warps"も、いまでも読み物としてとても楽しめます(邦訳は絶版のようですが)。

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3. 映画中盤でサプライズの俳優が登場

科学だけでなく映画としてのひねりも用意されています。

一応、「インターステラー」のキャストのはしのほうに名前がのっていたものの、どの役なのか、どこに登場するのかも秘密にされていた「大物俳優」がひとり中盤に登場します。“最もセクシーな男”にも選ばれたことのあるあの人…なのですが、みれば一瞬で気づくはずです。

とはいえ、これってそれほど秘密にするほどだったのかという疑問は残りつつも、あえてこうして秘密にしておくことで謎の世界での謎の出会いがいっそう引き立つ効果はあったように思います。その後の展開を考えるとなおさらです。

映画をみたあとで正解を知りたいというかたはこちらを。URLがネタバレになっているのでリンクもみないようにしてください(笑)。

4. ディラン・トマスの詩について

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映画のなかでは、主要人物であるブランド教授が何度も、ひょっとするとちょっと多すぎなほど、一節の詩を引用します。この詩は英語圏では知らない人がいないほど有名なディラン・トマスの “Do Not Go Gentle Into That Good Night” 「あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない」です。

この詩はトマスの父が亡くなる際に詠われたものだとされており、迫り来る夜闇は「死」を暗示しています。死に対して、“Rage Rage” 「憤怒せよ、憤怒せよ」と、簡単にあきらめてはいけないと絶望しつつも鼓舞する切ない一遍です。

滅び行く地球にむけて、あるいは絶望的なミッションにむけて、映画のその時々で意味合いをかえつつ朗読されるこの詩の意味合いを感じ取ってみてください。

あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない 老齢は日暮れに 燃えさかり荒れ狂うべきだ 死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ

賢人は死に臨んで 闇こそ正当であると知りながら 彼らの言葉が稲妻を 二分することはなかったから 彼らは あの快い夜のなかへおとなしく流されていきはしない

彼らのはかない行いが緑なす入江で どれほど明るく踊ったかも知れぬと 最後の波ぎわで 叫んでいる善人たちよ 死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ

天翔ける太陽をとらえて歌い その巡る途中の太陽を悲しませただけだと 遅すぎて悟る 気性の荒い人たちよ あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない

(松浦暢編「映画で英詩入門」より鈴木洋美 訳より一部を抜粋。こちらを参照)

5. ラストシーンの解釈に「???」となった人は

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ネタバレはしません。

しかし「インターステラー」のラストに向かう一連の流れは「2001年宇宙の旅」を強く彷彿とさせながらも、人間ドラマと科学的な理屈付けのバランスを極限まで引き伸ばしたものとなっています。

その結果、「な、なんだったんだあれは…」と不思議な気持ちになる人も、重要な疑問に回答が与えられていないと感じる人もいるかもしれません。

クリストファー・ノーラン監督は「インセプション」でもあえて究極の疑問は疑問として残す手法をとっていますので、「インターステラー」のラストもそのように多くの解釈に対して開かれているといっていいのでしょう。

しかしあえて、もう少し理屈っぽい答えを知りたい人、このゆがんだ時空間の時系列らしきものを絵でみて納得したいという人は、映画をご覧になったあとでこちらの解説(英語)と、こちらのインフォグラフィックをチェックしてみてください。

一応、たった一つをのぞいてすべての疑問には論理的な答えが存在することになっています。もちろんそのたった一つが、最も不思議ではあるのですが…。

宇宙へのあこがれを絶やしてはいけない

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映画「インターステラー」は科学的な枠組みと人間ドラマ、そしてアクションの緊張感がちょうどよいバランスで配合された、21世紀の宇宙映画にふさわしい仕上がりになっています。

もっとも、科学的な妥当性についてはそこかしこにブラックホール並の巨大な大穴があることも確かです。

「えええ、そこはそれでいいのか!」と一度ツッコミを入れはじめてしまうと、それ以外の部分をまじめに見るのがつらくなってきてしまうので、科学的なディテールを知っている人には入り込みづらい箇所もあるでしょう。

しかしむしろ、よくもこれだけの広大な時空に引き離された父娘の物語を、あのラストに落着させることができたという驚きもありました。

映画のなかに、宇宙ファンとして心が痛くなる場面があります。それは危機にひんした地球の人々が、アポロ計画などの過去の栄光から目を背け、「あれはなかったことなんだ」と子供たちに教えているというくだりです。

たしかに、子供の頃は宇宙への発展はもっともっと進むのだろうとのどかに信じていたときがありました。

数十年たって、ある面では大きな発展が次々と報告される一方で、宇宙計画はさまざまな面で縮小され、地球上の現実的な問題を前にしてなかば打ち捨てられたフロンティアという側面も見え隠れします。

「インターステラー」をみて最も感じたのは、この宇宙へのあこがれと恐怖を、私たちは絶やしてはいけないのだということでした。

地球上の問題は数限りなくありますが、それは私たちがより遠くへ、よりよいものへむかって手を伸ばしてつかみとろうとする、あの空を見上げる憧れなしにはきっと解決することができないものなのではないかという直感です。

スリリングな宇宙ドラマとしても、ブラックホール周辺の光学的な特性をみるためであっても、あるいは人類の宿命と宇宙について考えるのであっても、おすすめです。

(画像はすべて映画配給元より)

(おまけ)

Interstellar とイングレスのコラボレーションGoogleとのコラボなども展開しているようです。やはり人間はどこまでいっても、宇宙のなかでの自分の位置が気になるものなのかもしれませんね。

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堀 正岳 (Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。

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