前日譚の喜びをすべてつめこんだ映画「ハン・ソロ」を見るべき理由

ああ、ハン・ソロ。おまえ、そうだったのか...。

スター・ウォーズのスピンオフ作品としては「ローグ・ワン」に続いて2作目にあたる「ハン・ソロ」英語の題名は “Solo” を見てきました。みなさんはもうご覧になったでしょうか?

アメリカでは興行成績がふるわなかったというニュースも入っていますので「面白くないのではないか?」と気がかりになっている人もいるかもしれません。

しかし!その心配はまったく必要がありません。

この映画は、スター・ウォーズ世界をまた別のアングルから楽しめる、前日譚としての役割を完璧にこなしている作品だからです。

(以下、予告編でわかっている以上のネタバレはありませんので安心してお進みください)

また、ハン・ソロに会える喜び

映画「ハン・ソロ」がアメリカで興行がうまくいかなかった理由はいくつかあります。そもそも一年のうちに2度のスター・ウォーズ映画が多すぎたというのもあるでしょうし、時間をかけて期待を高めてきた「アベンジャーズ インフィニティー・ウォー」に話題をとられたというのもあったでしょう。

そうした理由に加え、多く見られた意見が Verge のこの記事でも指摘されているような:

  • ハン・ソロ役はハリソン・フォードしか考えられない
  • そのハン・ソロが『フォースの覚醒』で退場していまさら若い頃の映画を見る気がしない
  • そもそもハン・ソロにバックストーリーなんて必要ない

といったものです。しかしここで力説したいのは、もし同じ気持ちのひとが日本にいるなら、それこそが本作をみる理由だという点です。

私たちは、あの愛すべき宇宙のスマグラー、ハン・ソロについてどんな思い出をもっているでしょうか?

自分を銀河で指折りのパイロットと豪語し、ミレニアム・ファルコン号で「ケッセル・ランを12パーセク以下で走った」という意味がよくわからない自慢をして(パーセクは距離の単位では? タイムの話ではなく?)、いつでも「大丈夫、なんとかなる」と口にする矢先にトラブルと鉢合わせしては “I have a bad feeling about this” 「嫌な予感がするぜ」と顔をしかませながらもなんとか突破して雄叫びをあげるヒーローとしての姿を、私たちはよく覚えています。

それだけでなく、ミレニアム・ファルコンの壁にけだるげに寄りかかった姿、皮肉に曲がった唇がヒロインから奪うキス、生きるか死ぬかの状況の緊張した面持ち、本当の愛を前にしてひるんでしまう弱さも、ハリソン・フォードの演技からつぶさに覚えています。

素晴らしいことに、本作「ハン・ソロ」ではそのすべてについて説明があるか、言及があるか、オールデン・エアエンライクの好演から感じ取ることができます。上映中「こんなのはハン・ソロではない」と感じた瞬間は一度もないほどです。

またハン・ソロに会えるんですよ! これを喜ばずにいられるかっていうんです。

ハン・ソロがハン・ソロになるとき

前日譚としての本作の役割はいうまでもなく、ハン・ソロがいかにしてハン・ソロになったのかという物語を描くところにあります。

小説版や外伝などの情報を追っている人は、ハン・ソロが惑星カレリアで貧民から身を起こし、帝国アカデミーで数年を過ごしてから放逐され、惑星ミンバンでチューバッカと出会い、いかにしてミレニアム・ファルコンを手に入れたかといったバックストーリーを知っているはずです。知らなくても問題はありません。この映画でそうした生い立ちはすべて知ることができますので、より深く、このヒーローのルーツを知ることができるはずです。

しかし本当に知りたいのはそういった設定上のことではありません。

ハン・ソロがエピソード4「新たなる希望」で登場したとき子供心にも衝撃的だったのは、惑星タトゥイーンで最も危険な酒場モス・アイズリー・カンティーナで賞金首をテーブル下から撃ち殺す、ならずものとしてのハン・ソロのシーンです。

あの愛嬌のある、しかし冷酷なハン・ソロはどのようにして誕生したのか? それが本作の一番の見どころといっていいでしょう。

そのクライマックスを導くキャラクターたちは、どれもひとくせがあります。ハン・ソロの幼なじみで謎めいた女性キーラ、ハン・ソロに危険な裏社会への入り口を開くトバイアス・ベケット、そしてスター・ウォーズの伝統である冷酷な英国紳士俳優枠で登場するドライデン・ヴォスらです。

前日譚である以上、ハン・ソロとチューバッカが生き残ることはわかっています。問題は、上記のキャラクターの誰がどのようにしていなくなるかです。

ハン・ソロの魂に深い傷を負わせて。

フォースの覚醒への橋渡し

ここで、ネタバレ無しの記事としては大きな困難があります。

映画「ハン・ソロ」は前日譚であるばかりでなく、その作中のプロットによってとても有名なギリシャ悲劇を呼び起こしつつ「フォースの覚醒」へとハン・ソロの人生をつなぐ、放物線の開始点となっているのですが、その名前を口にしてしまうと大いなるネタバレになってしまうのです。

見ていただければ気づくはず。そして「フォースの覚醒」までの全作品をもう一度見たくなる。まさに前日譚として申し分のないつくりになっているのだと、ここでは述べるに留めておきしょう。しかしまさにそれを感じ取るためにこそ、この作品は見るべきだと私は思っています。そうか、ハン・ソロ。お前、そうだったのか…。

しかしそんなことはさておき、「ハン・ソロ」はライトセイバーで善と悪とが衝突するスター・ウォーズとはまた違った、どうしようもない行き当たりばったりのアクシデントを間一髪で次々とくぐりぬけてゆく西部劇とロマンスコメディのごちゃまぜになったスター・ウォーズのもう片方のルーツに忠実な作品です。

 

制作の途中で監督の交代があり、70%ほどの映像を再撮影したロン・ハワードの構成力も見事ですが、「レイダース 失われたアーク」や、「ワイアット・アープ」、そして他ならぬ「帝国の逆襲」「ジェダイの復讐」「フォースの覚醒」でも脚本家として活躍し、スター・ウォーズの面白さの源を知り尽くしているローレンス・カスダンの匠の技を満喫できます。

今回の脚本で新風が吹き込んでいる印象があった箇所がいくつかありますが、そこは今回父と共同で脚本を担当している息子のジョナサン・カスダン氏の影響かもしれません。

そうした新旧の才能が火花を散らしている作品としてみるのも、さらにこれから未来のスター・ウォーズを楽しむための一つの心構えかもしれません。

というわけで、前日譚としてハン・ソロというキャラクターの奥行きをふかめつつ、今後のスピンオフにも期待できる(ラストになんと、あの、恐るべきキャラクターが…!)本作、楽しむなら絶対に劇場で見るべきですのでぜひ足を運んでみてください。