前日譚の喜びをすべてつめこんだ映画「ハン・ソロ」を見るべき理由

あるいはなぜ、ハン・ソロはハン・ソロになったのかという物語。

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ピーター・ワダムズ「北極がなくなる日」

南極をいえばペンギンといったように反応がよいのに対して、北極とはどんな場所なのか、イメージしにくいという人がほとんどでしょう。 氷に覆われているという知識はあっても、南極と違って陸がない、海の広がる場所だと説明したら驚かれることもあるほどです。 その北極が、いま「なくなる」ことが懸念されています。北極がなくなる、それは今まで私達が知っていた北極が北極でなくなる日のことを指しています。 ピーター・ワダムズの「北極がなくなる日」は、原題が "Farewell to Ice" 「氷よさらば」と「武器よさらば」をもじったタイトルになっていることからもわかるように、北極の特徴である広大な海氷がどのように維持されているか、そしてそれがどうしていま消えつつあるのかについてのわかりやすい解説書です。 本書のよいところは、そのバランスの良さです。氷とはなにか、いままで北極はどのような状態で悠久の時を経てきたのか、そしてどのようにしてそのバランスが壊れつつあるのかが、高校生ほどの知識で理解できるように書かれています。 だからといって解説を控えている部分はなく、フィードバック、海洋循環などといった気候学、海洋学の面白い話題もちゃんと盛り込んでいるかっこうの入門書です。 最終章では、起こりつつある変化に対して諦観をもって受け入れるのではなく、むしろ積極的に、アグレッシブに気候変動を止めなくてはいけないというメッセージが書かれていて、ここは学者によっては異論があるところかもしれませんが一つの意見として重要性をもっています。 「武器よさらば」どころか、「武器を取れ、北極を、地球を守れ」と呼びかける警告の書として、まさにいま重要性が高まるテーマの一冊です。 https://twitter.com/mehori/status/1009965620908232705 北極がなくなる日 posted with カエレバ ピーター ワダムズ 原書房 2017-11-27 Amazonで検索  

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ソール・ベロー “Seize the Day”

トミー・ウィルヘルムは、失敗した役者で職もなく、家内と二人の子供とは別居状態。経済的にも破綻しつつあるのにこの期に及んでもまだ子供っぽさが残る四十代半ばのうだつの上がらない主人公。 その彼が一日を通して出会う、ゆるやかな経済的、精神的破滅を追った短編小説が "Seize the Day"。 邦訳が「この日をつかめ」「その日をつかめ」「現代をつかめ」と一定しないうえにいまは手に入らないという...。 ペテン師に騙され、経済的に成功した父親にも見放されたヴィルヘルムは自己憐憫にひたりきった情けない幼稚な男ではあるものの、どこか憎めない。 ラストの、知らない男の葬儀にまぎれこんで激しく慟哭するシーンは、やるせなさとどうしようもなさばかりで、救済の予感すら感じ取るのが難しいのですが、だからこそ、最後に残った人間性のようなものが、この短編を引き立てているのでしょう。 いま読みたいなら、Penguin Classicsのみか。 https://twitter.com/mehori/status/1009648527352455168 Seize the Day (Penguin Modern Classics) posted with カエレバ Saul Bellow Penguin Classics 2011-08-31 Amazonで検索  

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これは車のアウフヘーベンだ!運転の楽しさを変革する日産「インテリジェント・モビリティ」という哲学に触れてきた #日産ブロガー試乗会

車を日常的に利用している人で「次に車を買うときには電気自動車だろうか...」と思いながらも、電気自動車ならではの良さを「これ!」と言い当てることができずにいる方がほとんどではないでしょうか? 少なくとも私は「電気で走るからエコな( = 製品としてのライフスパンでみた環境負荷が少ない)のだろうか?」という程度の視点しかもっていませんでした。これでは、どこか積極的になれません。 今回、日産自動車様のご招待で「日産インテリジェントモビリティを体験する!ブロガー向け試乗会」に参加させていただいたのですが、日産自動車が提案する車社会の未来像を見越した新技術に触れることで、このあたりの理解がかなり具体的になったので、ご紹介したいと思います。 とても極端にいうと、「次は電気自動車を選ぶかどうか?」ではなく「e-Powerを選ぶか、選ばないか。それが問題だ」というところまで概念が塗り替わったのです。 日産の示すインテリジェント・モビリティとは? ちょっと横道に逸れるのですが、今回のイベントで紹介された数々の技術を理解するには、その背骨となっている日産の「インテリジェント・モビリティ」という取り組みについて知っておくのが有益です。これは、単なるかっこいい企業のキャッチフレーズではなく、とても野心的なロードマップなのです。このビジョンには3つの柱があり、それぞれ: インテリジェントドライビング(自動運転) インテリジェントパワー(100%モーター駆動) インテリジェントインテグレーション(自動運転車両の社会実験) と名付けられています。この3つに、カッコ内に書かれたような具体的なさまざまな新技術や取り組みがリンクしているわけです。 この3つはそれぞれ、ドライバー向け、ドライバーが意識することがないクルマそのものの進化、そして社会と車との関わりの進化に対応していると言い換えてもよいでしょう。 今回は、一つ目と二つ目、インテリジェントドライビング、インテリジェントパワーに関連した体験をさまざまにおこなうことができました(三番目については、自動運転車両の社会実証実験の EasyRide の取材もしましたので、また別の日にご紹介します)。 新型セレナ「e-POWER」はガソリンでエンジンを回すタイプの「電気自動車」だ   先日発表された新型セレナe-Powerは、ガソリンで発電する電気自動車です。 ガソリンでエンジンを回して発電し、その電気でバッテリーを充電し、その電気でモーターを駆動するという仕組みの電気自動車なのです。55リットルで、航続距離はなんと1000kmに達します。 ミニバン、セレナが電気自動車と聞くと、ちょっと考えると「どうやって、あの7-8人乗りで、荷物も大量に載せることが前提のセレナが電気で動くのか?」と不思議になってきます。 これは、発電と駆動が切り離されているという、e-Powerの設計が頭に入るとにわかに面白くなってきます。ガソリンで駆動する、発電用のエンジンはこの車体なのにノートe-Power同様の1.2リットルしかありませんが、それで十分なのです。 というのも、セレナe-Powerは常に車体がどのような状態にあるのかをモニターして、必要に応じて発電を行っているからです。バッテリーに電力が十分にあるならば発電用エンジンは停止していますが、急発進・登坂中などは足りない分をおぎなったりなどもします。 さらに、エンジンを無駄にまわさないように、たとえば停止時の運動エネルギーを電気に変換して、信号待ちの際のアイドリングストップに利用したり、発進時のエンジンアシストに利用したりといった制御もおこなっています。 つまり、車自身がどのようにエンジンをまかない、バッテリーを充電して、モーターを回転させれば最も効率が良いのかを知っていて、自動的に制御してしまうところに、e-Powerの凄さがあります。 端的にいえば、これは燃費の良いエコ運転などというものが不要になってしまうことを意味します。自分自身の最適な制御を、e-Power自身がおこなっているからです。 新型セレナで「e-Power Drive」アクセルペダルを体験する 100%モーターで駆動しているということによって、セレナはミニバンとは思えないほどの静音性と、アクセルを踏んだ際の立ち上がりの加速性能を発揮します。 こればかりは、実際に試乗してみないと伝わらないくらいに静かで、ミニバンにありがちな発進時の重苦しさから開放されている乗り心地は、このクラスの車に対するイメージを破壊するほどのインパクトがあります。これくらいに軽快な乗り心地ならば、この大きさもありですよ。 そこにもう一つ加わるのが、モーター制御ならではの「e-Power Drive」アクセルペダルの技術です。 これはアクセルペダルからブレーキに踏み変えなくても、アクセルから足を少し戻すだけで強めのエンジンブレーキのように(実際はモーターなので違いますが)減速できるというものです。 街中だと、アクセルを踏んではブレーキという、とても無駄の多い足使いをするのが普通なのですが、このe-Power Driveがあれば、アクセルに足を乗せたままで加速減速、そして停止まで行うことができます。日産調べでは、アクセル・ブレーキの踏み変えが70%ほど減ったというデータもあります。 e-Power Driveには、これ以外にもたとえば住宅地に近づくまえにバッテリーをチャージしておき、駐車場ではバッテリーのみの静音走行をするチャージモード・マナーモードといった機能もあります。 車のパワーの制御も、アクセル・ブレーキの制御も、つねに最適になるようにセレナが先回りして人間のかわりにしてくれる。これが、インテリジェント・モビリティのうちの、「インテリジェント・パワー」という考え方なのです。 単一車線自動運転技術「ProPilot」というストレスフリーなドライビング 次に体験したのが100%電気自動車である新型日産LEAFに搭載されている「ProPilot」、いわゆる「自動運転技術」です。 ProPilotが提供する自動運転は高速道路の同一車線であるという条件下で、アクセル・ブレーキ・ステアリングを任せることができます。今回はそのアクセルとブレーキの体験です。 ハンドルの右手の部分に「ProPilot」の操作キーがありますが、高速道路に乗ったら巡航速度を設定することで自動的に前方の車との車間をとって運転をしてくれます。 たとえば渋滞で前の車が止まった場合にも、3秒以内ならば自動的に発進するなど、運転のストレスを大幅に軽減してくれます。 単にラクという理解よりも、ProPilotは高速道路の運転における「車間に気をつけてアクセル・ステアリング」「渋滞でもぶつからないように発進・停止を繰り返す」という部分をごっそりと機械が引き受けてくれたと考えるほうがいいでしょう。 「運転する」ということの中身が置き換わっているのです。この置き換えがインテリジェントドライビングなのだ、と気付けば、この記事の後半がどんどんとピンと来るはずです。 自動停車技術ProPilot Parkは、駐車というリスクを置き換える もうひとつのProPilotは、ProPilot Park機能。こちらも新型日産LEAFに搭載されている機能で、先日 VLOG でも紹介しました。 https://www.youtube.com/watch?v=rfT_rkER1wo&t=388s 先程の「ProPilot」自動運転が高速道路の運転のストレスフルな部分を置き換えてしまうなら、ProPilot Parkは多くの人にとって苦手な駐車の操作を自動化してしまうわけです。 ProPilot Parkにまかせておけば、通常のバック駐車、縦列駐車、場所を指定しての駐車などがタッチパネルで可能になるわけで、人間は「周囲を注意しつつ駐車」という動作から開放され、センサーの助けを借りつつ「周囲を注意する」という部分だけに集中すればいいのです。 みえてきましたか? いままでの運転がなにか別のものに変わってるのが。そう、これがインテリジェント・モビリティの本質なのです。 アクセル踏み間違い防止アシスト機能も、人間の不注意をあらかじめ置き換えてしまう 今回、テストコースだからこそ体験することができた機能がこちら「アクセル踏み間違い防止機構」です。 こちらはNOTE、LEAF、そして新しいe-Powerセレナの3車種に搭載されている機能ですが、自動運転、自動駐車用のセンサーを利用して、アクセルを踏み間違えた際でもぶつからないように車が自動的に制御します。 他社でも似た技術がありますが、その多くが障害物を検知した場合にアクセルを抑制する、つまり踏んでも進まないようにしているのに対して、日産の技術では同時にブレーキを入れる制御も加えています。このおかげで踏み間違いの慣性で進んでしまうようなことがなく、ピタッと止まることができるわけです。 しかしこれは技術に対する大変な信頼でもあります。障害物を誤検知して車が突然急停止することがないように幾重にも安全性を高めることが必要だからです。 でも、人間の側がこうした仕組みを知る必要はありません。障害物があるなら車を動かさないこと、人間は間違えてアクセルを踏む可能性もあること、その可能性を車が人間の代わりに見てくれているのですから。 ここでは、万が一の際の人間の注意力が、車のセンサーによって置き換えられているのです。 「インテリジェント・モビリティ」とは、運転の楽しみをそのままに、車そのものを変えてしまう技術 もりだくさんの内容でしたし、e-Powerとか、e-Pedalといったように用語が錯綜した部分もあるのですが、それをすべて「インテリジェント・モビリティ」という考え方がどの技術で提示されたのかをまとめるとわかりやすくなります。冒頭の箇条書きで言うと: インテリジェントドライビング: ProPilot、ProPilot Park、アクセル踏み間違いアシスト インテリジェントパワー:セレナe-Power、e-Power Drive インテリジェントドライビングは、これまで人間がちまちまと行わなくてはいけなかった高速道路の運転、駐車といった部分、あるいは過失の可能性といったものを技術の力で乗り越えてしまうことによって、「運転とはそういうものを気にしなくていいものだ」という新しいステージに上げてしまう技術です。 こうした技術が入っている部分についてはドライバーとしての上手い下手も車がアシストしていますので、もう気にする必要はなくなります。これはドライバーの裾野を広げることにもつながりますし、高齢化にともなう運転のアシストと言った面でも車社会を支える新技術といえるでしょう。 インテリジェントパワーは、セレナe-Powerにおいては見た目は普通の車のままなのに、「エンジンとモーターが別々に制御されている」という新しい乗り物を提案しているといっていいでしょう。エンジンの役割がモーターの役割と別であるために、車にとって最適な制御から、e-Power Driveのような楽しい制御までが実現しているわけです。 今回はもちろん日産の新技術しかみていませんので、実際に車を選ぶ際には広い世界における日産という視点も大事でしょう。 しかし日産が提示している「インテリジェント・モビリティ」という、技術によって運転の楽しさはそのままに、車そのものを変えてしまうという技術へのアプローチは、今後本格化する自動運転が当たり前になる世界、電気自動車が普通になる世界への一番わかりやすい哲学なのではないかと思いました。 さて、今回の試乗会の様子は大量に動画も撮影していますので、今後少しずつvlogのほうでもその様子を編集して紹介いたしますので、こちらもご期待下さい。      

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もうすぐ、聴くことができなくなる小さな寝息

先日、わが家に二段ベッドがやってきました。 この家には眠ることができるスペースが、ベッドが一台なんとか入る小部屋と、そして和室との二箇所しかありません。 二人の子どもたちがまだ小さいうちは、大人一人がベッドに、もうひとりが子どもたちとともに添い寝をするので問題ありませんでしたが、八歳になった長女の身長がぐんぐんと伸びるにつれ、それはついに難しくなってしまいました。 物理的には、大人一人と、子供二人が並ぶだけの空間はあります。しかし子供は想像以上にダイナミックな寝相をしているもので、眠りながら90度横を向いて大人の腹となく、胸となく無意識の蹴りを入れてくるのです。 子どもたちとずっと添い寝をしていた妻はついに耐えきれなくなり、子どもたちの足元で、彼らの身体に対して90度横向きの方向で眠ることで、夜のあいだ続く攻撃から身を守るようになったほどです。 しかしそれでも、ついに長女の足が大人の眠っている位置にまで伸びてきた結果、夜明け頃の痛烈なキックによって、ついつい先延ばしにしていた計画は最優先事項に押し上げられたのでした。 子どもたちは子どもたちで。ベッドの導入です。 このことで少しだけ惜しいのは(そして妻はまったく惜しくない!と喜んでいるのは)子どもたちの寝息を耳にする機会がずっと減るだろうということです。 私にとっては、子どもたちの存在を感じる一つの手応えといっていいものが、彼らがもっとも活動していない、眠っているときの寝息でした。 まだ長女が生まれたばかりの頃、座布団の上に寝かせて添い寝をしていたときに、ふと恐ろしくなったことがありました。あまりに息が小さすぎて、聞こえなかったためです。 「これ、本当に息をしているのだろうか?」そう不思議になって耳を口元まで近づけてようやく、かすかな、本当に小さな息を聞くことができるくらいです。それ以来、私の中では子どもの存在を特に意識するのが、寝静まったときに微かにきこえる寝息の存在でした。 二段ベッドが来るまでの二週間ほどは、妻に代わって私が子どもたちと眠り、夜半のかかと落としに、夜明けの横蹴りを甘んじて受けつつ、おそらくはこれから機会がしだいに減ってゆく安らかな時間を噛み締めていました。 私は惜しかったのです。 赤ん坊のころから確かめるようにして耳を傾けてきた寝息が遠くなり、子どもたちが子どもたちだけの歩みを始め、おそらくはそう遠くない未来に自立してゆくだろう未来へ駒を進めることに対して、少しだけ足を引きずって抵抗してみたい気持ちに駆られていたのです。 しかし、惜しいと思うことを手放すことでしか未来はやってこないということもまた、私がこの寝息から学んだことでもありました。 留めることはできないけれども、ただ惜しみ、記録して、次へと向かうこと。それもまた、生きるということの恩恵なのであると。 そんな抽象的で内省的な父をよそに、子どもたちは新しい眠り場所に大はしゃぎですが、もうしばらくは、夜に様子を見に行き、落ちそうになっていないか確認する必要があります。 もうしばらくの間だけは。  

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もうひとつの世界線としての個人ブログへの回帰

ブログをWordpress.comに移行した理由とそのやり方。

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