鳥を数えながら老いてゆく
作家のアン・ラモットが代表作である執筆と人生についてエッセイ、“Bird by Bird” (邦題:「ひとつずつ、ひとつずつ ― 書くことで人は癒される」) を出版したのは1994年のことでした。
私がこの本に出会ったのはもっと後になってからで、情報カードについて調べている際にとあるブログが紹介しているのを発見したのきっかけでした。もう20年ほど以前のことです。
どんなアイデアが生まれてもそれをすぐに書き留めることができるように 5x3 インチのカードを持ち歩くだけでなく家のあらゆる場所に仕込んでいるという逸話は、いかにもカード使いにありがちな行動で、アメリカにも同志がいるんだなと一人で笑っていたのを思い出します。
違う世代の作家だとは知っていたものの、最近の NPR の “Consider This” ニュースレターで彼女が「アメリカで年老いることについて」というテーマで話しているのを耳にするまで、自分と二十年も歳が離れていることは意識したことがありませんでした。
彼女がいまの私と同じくらいの年齢のときに私は初めて “Bird by Bird” を読み、ウィットに富んだ執筆のアドバイスを楽しんでいたのですが、その本人がいまや人生の先輩として老いについて教えてくれるとき、耳を傾けないわけにはいきません。
試着した服がきつくて似合わないのでないかと心配していると、当時乳がんを患っていた友人に真顔で「そんなことを心配している時間はないわよ」とたしなめられた思い出や、老眼で世界がぼやけてゆくことに感じる救いにもにた感覚といった、人生の素朴な印象についてこのインタビューででアンは語っています。
ありきたりな話です。しかしそれでも、本人がありきたりの老境を初めて迎える戸惑いと驚きが伝わる言葉でもあります。
思えば、“Bird by Bird” も本の内容それ自体はそこまでオリジナルとはいえず、「常に書くこと」「失敗を恐れないこと」といった素朴なメッセージに集約できるものでした。それでも、そのありきたりなメッセージを伝えるためのエピソードの盛り付けは彼女にしかできないものだったのです。
老いることは新しい眼鏡をつけるようなものだとアンはいいます。友人が一人ずついなくなる寂しさ、身体の痛み、認知の衰えを意識しつつも、優しさと寛容さを失わずにいるために、残されたものを見るための眼鏡を常に新しいものに取り替えてゆくような感覚を、今の彼女はもっているのだといいます。
人生は与え続けてくれるものなのです。人に生まれたことは、その痛みやつらさや鈍ってゆく思考のすべてを勘定にいれても素晴らしいものなのです。どんなに多くのもが奪われたとしても、新しい眼鏡をかけ、まだ何とかなっている欠片を拾って探し回れば、自分が人生をどれだけ愛しているのかを発見して驚くのです。
この道のちょっと先に行った場所でアンが振り返って教えてくれているのがみえるようです。そして二十年前と同じく、私にはそれがとても有り難く感じられるのです。